南木山物語（１４）

《田舎暮らし＆リゾート》

　　　　　　　　　　　　　黒髪　２　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作　　唐松　緑

砂利道が1本、こがねいろに紅葉した唐松の間を縫うように通っている。 　森の中の静寂な空間に黄色いからまつの葉が舞っている。 　からまつの葉を全身にまとった森の精のような女が、そこに立っていた。 　「描きたい」 　桂木の持つ、画家の本能がうずいた。 　「こんなについてしまって」 　華子が松の葉を髪から振り払おうとした。 　「あっ、そのまま　待って」 　桂木が静かに止めた。 　「ええっ」 　華子は怪訝な顔をして手を止めた。
「すみません、もう少しそのままにしていてください。」 　「申し訳ありませんが、少し描かせてください」 桂木は手にもっていた画帳を開いて、熱心に描き始めた。
桂木の筆によって、華子の黒髪が1本､1本躍動して、美しく描かれていく。 　髪に付いたこがね色をした細い松葉が幾重にも重なって、黄金色の波のうねりとなって、描かれてゆく。 　桂木は無心に筆を動かしている。 　華子の美しい黒髪を飾っている松葉を。 　華子の白いレースのブラウスを色取る松。　 　華子の美しい頬につく黄色い松の葉を。 　華子のしなやかな腕に刺さる松葉。 　華子の細い足に付いた黄金色の松葉を。 　華子は、この不可思議な空間の中で、時の経つのを忘れていた。 　この地で「森の精」といわれている、精錬で
不可思議なものを持っている桂木が、今　無心に筆を動かしている。森の中はシーンとして、森と桂木が一体となったような静かさだ。 　「この人は人間離れをした、森の精なのだわ」 華子は森の中で、森の精に魅入られたような錯覚を覚えていた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく